GHANA's BLACK STAR

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帰国して1年以上経っちゃいましたが

久しぶりすぎて自然消滅していたこのブログ。
帰国して1年以上経ってしましました。うわー、本当に日本の1年が早すぎる。
その後、みんなどうなったんでしょう。

【1.ガーナの友人たち】
Facebookのおかげで、その後もちょくちょく友人たちとやりとりはしています。
ガーナにお菓子送ってみたり(結構前ですが)。チャットで話したり。

皆からは、「お前全然連絡くれねえのな」とか、「いつ日本に行けるチケットくれんだ」とか、「日本人の女性を紹介してくれ」だとか、ちょくちょく連絡来ます。まぁいつも通りの皆です。上の後者2つは面倒になって途中でチャットぶっちしますけど。

とはいえ、「元気かい?」「元気だよ」のやりとりをしていると。
「Thanks God」の一文は必ずついてきます。
ガーナの教会や、打合せ前に必ずお祈りをする習慣とか、思い出します。
本当は早いうちにまた遊びに行きたいのだが、仕事がなぁ・・・。

【2.同期のみんなたち】
実は先週、同期のみんなに会ってきました。
みんな久しぶりとは思えないくらい、まぁ変わってないんです。相変わらず大笑いして飲んで帰ってきました。

そしてなんと、同期が調整員としてまたまたガーナに派遣!!ほんで付き合ってた同期の子も結婚して行くという、ガーナ出戻り隊員が続出です。
IMG_0784.jpg

いいなぁ・・・。1週間だけ羨ましい(笑)
ボルガ&ニャリガのおばあとおじいに会って、バンクーwithうまピア食べれたらそれで十分っす。

【3.私の生活】
私の生活は、変わらず社畜リーマンしてます。
とはいえ、私の人運だけはいつも抜群に恵まれていて、いい上司・同僚・後輩・お客さんと出会えて、日々勉強させてもらっています。業種は人事コンサルなのですが、入社からグローバル案件も任されて、日本・海外のお客さんに人事領域の案件をシステムや業務プロセス併せて導入させてもらっています。

働いて10ヶ月くらい経ったのですが、協力隊で培った2年は、
やはり日本で暮らしているだけでは得がたいものだったのだと実感できるようになっています。
というのも上司からの評価として、以下のものを頂いたわけですが。
これって、隊員の皆さんが共通して乗り越えなきゃいけない要素が全部入っているのかと思います。

・先の見えない困難でも粘り強く対応するバイタリティ
・無茶振りにもすんなり対応できてしまうタフさ
・海外のお客さんでも相手の懐に入って仕事を進めるコミュニケーション力

特に3つ目は、日本じゃ教えようとおもっても養われないらしく、そういった意味で使える隊員の知り合いとかいませんかねー?と聞かれるまでになりました。(まぁ私の場合は、お客さんと飲んで、わははー!なだけだったのですが・・・)


そんなこんなで、協力隊で一度日本で働くキャリアから外れてしまったかと思いきや。
やはり自分で自信を持って得られたスキルは、通用するのです。ジョブズだって最初はバガボンドだったし、いいんだと思うんです、こういうちょっと外れた選択肢。そしてもう少し、それが許容される社会になってほしいので、そういう意味で発信していきたいですね。

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協力隊スキルの民間企業での活かし方

どうもどうも、お久しぶりです。
ほそーくゆるーくブログやってます。去年6月に帰国して、会社に勤めてから4ヶ月が経ちました。コンサルなので、色んなお客さんのところへ行ったりと、だんだん仕事の量が増えてきたこの頃です。

振り返ると、案外協力隊時代のスキル・経験も民間でそれなりに活かされてんなと思い始めてきています。そんなわけで、今回は民間企業に勤めてどんなことが役立っているかの回にしてみました。ま、すんごいくだらんないスキルばっかだけどね!

【生かされていること】
①圧倒的に英語力
くだらないスキルじゃないのはこれだけ。これはもうバリバリ生かしきっています。とにかく英語の調べもの、資料作成時、ディスカッション時には引っ張りだこ状態。おっさんたちのホンニャクコンニャクと化してます。

そもそも英語圏でしっかり業務経験を積んでおきたいなと、予め英語圏狙いで協力隊受けましたが、みごと的中。但し、ガーナにいるだけでつく英語力なんてたかが知れてます。ガーナで2年間、真面目にちゃんと毎日英語勉強しておいて、本当によかった。これに尽きました。でも、あっという間に留学組に追い越されそうなので、日々研鑽しないと。

②ハッタリ力
ガーナ人の根拠のない自信力、あれ意外と役に立ってます。
英語もそうだけど、多少自信なくても、「できまっせ!」とハッタリかましてます。でも、所詮気の小さい日本人なので、無理に追い込んで、やらざるを得ない状況に。そして今までなんとかなってるという…。

③動じない力
ほんと、業務上ほとんど動じることなくなった気がする。
ガーナでは州の保健局で勤務していた私。上司は医者で高学歴(先進国のMedical PhDを取ってる人ばっかり)、バリバリプライドと威圧感というかオーラのあるエリート揃いだったせいか、彼らと仕事していたほうが極度の緊張で胃が痛かった気がします。あと、これまで色んなところで人前で話す経験が多かったので、ほとんど動じず仕事できるようになった気がします。

④ネットサーフィン力
これ、くだらないようで一番あなどれない力です。この間も会社の先輩や後輩に、「この資料、一体どこから見つけてきたの?よく見つけてきたねー」とか「イトウさんの何が何でも調べまくる力、ほんとすごいっす」と言われてしまいました。ガーナ、本なんて聖書しかないと言っていいくらい、本がないので、基本専門知識は全てネット経由。ネットで英語の勉強も人事の知識もアクセスも全部調べられた。ネット万歳!

【逆に困ったこと】
①怒れなくなった
ガーナの同僚と仕事をしていて、アポを取ってはすっぽかされ、依頼しては忘れられと、毎日が思うように動かない日でしたが。ほんと日本は仕事がさくさく進むのよー!すごい、すごいよー!!というわけで、後輩のミスにも、「いいよいいよ気にすんな。全然できるって、OKOK!」と心底思ってしまう私。彼らのためにならないから、ちゃんとポイント押さえて指摘しないと!と思いながらも、全然できてねえ。


などなど、ガーナでの経験はそれなりに役に立ってます。
あ、あと睡眠時間少なくてもなんとかなってる気が笑。なんていったって、メフロキンやらアッラーの大音量のお祈りやら、ヤギの鳴き声やら、超灼熱地獄やらで2年間睡眠障害気味だったからね!また、使えそうな知識あったら、ちょくちょくブログで書いてみまーす☆

日本での仕事もすんごく楽しいけど、それでもやっぱりガーナに戻りたいな。
ボンゴロックにまた登って、水平線までの平原みたい。バンクー食べたい。職場の皆に会いたいな。

1年の振り返り

久々のブログです。もう1年経っちゃうのね。
早い。早すぎて白目むきそう。

早くも今年の振り返りですが、こんな感じで怒濤な1年でした。
1月:一時帰国からガーナに戻って来て、ソーラー式ワクチン冷蔵庫の搬入にボルガ−アクラ間を翻弄される。
2月:早く設置したいも同僚が奇病にかかりそれどころじゃなくなる
3月:ひたすら人事データベースをせこせこつくる。
4月:データベースつくりながらも、冷蔵庫設置の催促をひたすらプッシュ
5月:めでたく設置完了&報告。データベースもできて、人事部&研修部に研修の毎日
6月:ハードランディングで仕事に区切りをつけ、ガーナを旅行しつくし、日本に帰国
7月:しばらくゆっくりしたいよと、犬をなでる1ヶ月。思えばこれが唯一落ち着いた日々だった
8月:慌ただしく就職活動&結婚に向けて両家初顔合わせ。青森-東京をひたすら往復。
9月:就職先決定。旦那が静岡に転勤しちゃってたので、急いで静岡に引っ越す。そして入籍。
10月:やっぱり新幹線通勤は難しそうなので、急遽東京に引っ越す。結婚したので各種手続きでばたつく。就職先で上司・同僚たちが優秀すぎて打ちのめされる毎日。そして式1ヶ月前の怒濤の打ち合わせ。家族・旦那ともめまくり、仕事も打ちのめされすぎて、泣きながらシステムを夜な夜な勉強。
11月:ようやく気持ちを切り替えて仕事に臨む。ほんで無事挙式。
12月:はーようやくゆっくりしようと思いきや、周りにハネムーンくらい行った方がいいと仄めかされ、流され、来週末から行く事に。慌ただしく準備。



そんなこんなで帰国・就職・結婚と欲張りすぎた1年でした。
正直10月がまじで辛かった。

何が辛いって、5連勤がこんなに辛いだなんて・・・。
きっちりしっかり働く日本人は偉いとです。そらこんなに働いてたら鬱になっちゃうよ。台風来ても、むしろテンションあがって、どうやって出勤してやろうかいそいそするリーマンはすごかとです。傘なんてそういうモノあったのねと思い出すくらい、ガーナで雨ふったら自宅待機してましたわ。

そんなこんなでガーナからのリハビリは相当辛いもんでした。
しかも体力にも精神力にもタフさが求められるコンサル。みんな頭のキレよし、常に時間はフィーで換算され、やれフレームワークだ、やれ前提条件だと、夜遅くまでやんや議論をしてバリバリ働くおっさんたちと一緒に働いて。

まじでヤギが頭をうりうりさせて戯れる姿を回想しては、毎日ガーナに帰りたいと心底思っていました。東京の美味しいランチなんてどうでもいい。ワチェくいてえ。フレッシュペペ食べたい。ザ・現実逃避ですね。10月はそんな1ヶ月で後ろ向きでしたが、ある日、これじゃいかんと思い始め、沢山泣いてすっきりしてから、向き合うことに。それからは、大分やりやすくなった気がします。



つらつらと書いてしまいましたが、やっぱりやりたいことの根幹は途上国でも日本でも変わらない気がします。いっぱしの人事コンサルタントになること、そして日本でも海外でも人が仕事に対して楽しさと成長をもたらすことの出来る環境をつくること。人事の視点は、ガーナにいて特に強烈に感じたことです。みんなやりたいことのドリームはもってるけど、くじけやすいこと。仕事はしたいけど、上意下達すぎて猛烈に忙しい上司と、常に待ちの状態でモチベーションをなくす同僚がいるということ。そして彼らはきちんと機会と評価があれば、仕事にモチベーションをもつということ。それでも行政機関のせいか、援助のせいか、怠けてなんぼ・もらって当たり前な感覚も往々にしてあるという現状。

そういうのを少しでも解消したいと、ビジネスで新興国で人事コンサルが展開できそうなところに就職したのでした。まだまだこれからです。いつかはガーナに恩返ししたい(もちろん愛すべきカンボジアにも)。というわけで、1年の振り返りとして、このクソ忙しい日々をやれやれで済ませないよう、きちんと振り返るべく、来年もしっかり活動するのです。やるど!!

帰国後の就職活動 後編

前編の続きですが、5社から書類選考通過の連絡を受けた私。
大手監査法人から2社、人事コンサル専門の外資系から2社、IT系コンサルから1社。うん、意外と悪くない(笑)。

面接対策をしてきましたが、コンサルでは「論理的思考」が仕事をする上で大前提です。というわけで、面接中も、なぜ、なぜと質問の答えを深堀されました。結構対策してましたが、ある会社の1次面接ではプリンシパル(一般企業で言うところの部長くらいなのかな)が登場し、メッタメタにされる。サンドバッグ状態でフルボッコされて終了しました。

とある会社では、ケース面接というものがあり、お題が出される。お題を考える時間を1時間もらって、10分プレゼンし、1時間の質問で攻防戦。いわゆるMECE(漏れなくダブりなく)といったフレームワークや、フェルミ推定(仮説を計算式で数量を割り当てて根拠立てをする)を使いましたが、いかに自分の意見に根拠があって論理的かをディスカッションで見られるケースです。

そして、抜き打ちの英語面接。1ヶ月たてば英語力はぐんぐん低下してます。もう、やめて・・・。

そんなわけで、最終面接まで残ったのが監査法人とIT系コンサル会社。
でも、監査法人は私の詰めが甘かった。あえなく落ちる。落ちた理由もいくつか分かってるだけに、すごく悔いが残った面接でした。というわけで、あとがない!!!やべえええええ!!!と、今までの反省を洗いざらいまとめて、最後っぺで力を尽くした最後の1社。

無事受かりました・・・!!!
人事戦略チームで早ければ来月から働けることに。グローバル案件も持ってる会社なので、今までのカンボジアやガーナで働いた経験が活かせればと思います。

*****
そんなこんなで、最後は首の皮一枚でつながった就職活動でしたが、実はとても楽しい経験でした。フルボッコしたプリンシパルも、とてもキレキレで、やられながらもこういうところで働きたい!と思えたし、面接の最後の質問で、その方の価値観や勉強になった書籍など聞くこともできて、どの人もすごく魅力的だった。

私の経験をとても買ってくれたのは実は監査法人の面接官でした。
「僕たちが一番君の経験で買えるのは、ガーナで現地の人を巻き込んで、一緒に問題解決したプロセスと結果につなげたことだよ。君の経歴は極めてユニークだけど、こういう現地で苦労した経験をもった人材を求めているんだ。」と、仰ってくれました。協力隊冥利に尽きる言葉です。

当たり前にガーナ人と一緒にいて、当たり前にみんなのケツ叩いて仕事させて、毎日部屋にノックしてリマインドして仕事を一歩ずつ進めて、いつの間にか当たり前になってた日常は、実はすごいことだったのかもしれません。流行りにのったっていいじゃん。日本に帰ってからも必要とされる人材であるのは確かなのかもしれません。みんな自信を持って目の前の活動に励んでくださいね☆

というわけで、3ヶ月前は家畜に囲まれて過ごしてた環境でしたが、来月からは社畜リーマンがはびこる東京で切磋琢磨します。ガーナには当分いけないけど、いつか必ず行きます!だって美味しいバンクーとウマピア食べたいもーん☆

帰国後の就職活動 前編

「もっと人生設計考えたほうがいいよ」
「あー、いよいよ一般社会のレールから外れたねー」

協力隊に行く前に何人かの方たちから頂戴した言葉です。そうです、協力隊は「行きはよいよい帰りは怖い」ってやつです。行っても別によいよいなんて待ち受けてない例のほうが多数ですけど。帰ってきて余裕こけるのは、有資格者(医療や教職の免許のある人)くらいだと思います。帰国後の職にあぶれるリスクが超高いのが協力隊。まぁそういうリスクも踏まえて協力隊行ってるんですけどね。そしてJICAも帰国隊員に向けて様々なサポートもしてくれてます。

とはいっても、帰国後余裕こいてた私。
帰国後約1ヶ月は愛犬をなでてるだけで終わった気がします。最後には愛犬にもうざがられました…。
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ジャンベに興味丸出しのさくらちゃん

しかし、就職活動しなくちゃと思い始めたのは、新卒で協力隊に行って戻ってきた子たちと、とある商社にOB訪問した時のこと(つーかこの歳でOB訪問って…)。新卒の子たちのバリバリのやる気&商社マンのオーラを見て、あ、あたしやばいなとようやく危機感をつのらせたのでした。

当時は民間企業か国際協力畑かで迷っていたのですが、民間企業でスキルアップをすることに決めました。これまで、行政機関へのサポートをメインとしてきた私ですが、中でも一貫して関連があったのが人材開発や人事業務の改善業務。こういう経緯から、これまでの経歴をもっと深堀りさせたいと考えて、日本・海外で貢献できる人事コンサルタントを目指すことにしました。

「よっしゃ!じゃーそろそろ就職活動すっかなー!」
と、帰国1ヶ月してから色んな就職エージェントのサイトに履歴書やら職務経歴書を送りはじめました。しかし、びっくりすることに「貴方の希望に見合う案件は現時点で見つかりませんでした。」と、続々とお断りメールが!!

これにはたまげました。最初の一歩のエージェントから断られるんだー…。
エージェントもノルマがあるから、協力隊とかちんちくりんな輩は相手にしてもらえないのかも…。

ざっけんなよ!だったら海外で単身乗り込んで周りの外国人と一緒に仕事してみろよ!なにが流行りのグローバル人材だよ!と、PCに向かってブチ切れる私。しかし捨てる神あれば拾う神あり。隊員の頃からメールでやりとりしていたとある就職エージェントの方に連絡すると、じゃあ、各企業に履歴書と職務経歴書を出しましょう!と、さくさく出してくれました。

結果、書類選考が通ったのは5社。
なんだよ、やっぱり通るじゃねえかという気持ち半分、協力隊の経験でも通るんだという気持ち半分でした。つーか、こんな大手企業が書類通してくれるの…?と疑うほどすんなり。意外と多様な人材を持っている大手のほうが柔軟性があってキャッチしてくれるのかも?

流行りのグローバル人材は、どこまで通用するのか。後編に続く!

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